私の貧乏は、なるべくしてなった




昨日は学生中心に

まあまあ忙しかった。

今日はもっと忙しくなるだろう。

ああ、ヤダヤダ。日曜日=忙しいっていう

どこにでもある公式だけど、

このお店ハンパなく忙しくなるからなぁ。

私たちに比して、コンビニって楽なんじゃないかな、って

思うときがある。だって、既にできているものが

陳列されていて、お客さんが持ってきたら

一番作業しても弁当や総菜を温める、

楽な作業ならバーコード読み取って

袋詰めして、お金もらって終わりだもん。

けっこう楽そうだけど。違うのかな?

ただ、いろいろな商品扱いがあるから、

それの商品知識覚えるとか、よく聞く話に

最近は学生バイトが減っていてなかなか

募集が集まらないってことは頻繁に聞く話だよね。

この辺はあまり見ないけど、都内では

外国人労働者が多いし、府内でも外国人しかいない

コンビニはざらにあった。

うちら外食業界でも日本人には避けられる傾向が

あって、外国人が多くなってきているんだ。

 




どうなっちゃうの、ニッポン!

でもそんな大きな話しても仕方ない。

だいたい私にはそんな余裕はない。そんなことは

田原総一朗とか、古市憲寿とかに任せよう。

私は自分の借金との闘いが関の山。

この借金たちと、いい加減に縁を切りたいと

思ってる。順調に返してはいるけど、

この返済って、地味で、根気が要って、

精神力が試されるというか、精神力が要求されるよね。

・ぱちんこ依存

・借金しまくり

・自己破産

・消費者金融にも手を出す

・結婚

・DV男だった

・離婚

・外食業界で働く

・遠隔地に転勤 ←NEW!

という、ある意味華麗な経験をしてきたとも言えるが、

どん底ばかり味わってきたのは間違いないよね。

 




大阪にいた昔、私たち家族は古ぼけた

団地住まいだった。エレベーターはなく、

一つの階段で一階につき二つのお宅にしか

階段を使わなってアレね。

先生がうちらの団地を指して、他校の生徒が

ケンカしにくるかも知れないけれど、

そういうのは無視して下さい!

これは先生と君たちの約束だからね。と言われた。

でも結局は来なかった。いやその辺までは

来ていた、と誰かが言ってたけど、

ホントは来てないんだよね。イキってただけなんだ、

ああいうのって。男子ってそういう、

殴り込みとか、闘争心掻き立てられるのかなぁ?

 




あの団地が私を育ててくれたんだけど、

でもああいう団地って、稼ぎが少ない家庭が

多かったんだよ。

いわば私の借金のDNAは

団地生活で大いに育てられた部分もあると思う。

生活保護の家庭もあったし、

外国人家族もあの時からいたし、

シンママもけっこういたと思う。

そういう母集団の集まりだった。

そういう環境って、幼いころは自分では

選択できないから、やっぱり生まれついての

貧乏暮らしっていうのは

なるべくしてなったんだよ・・・

 




でも、そんな私でも夢を持った。それは

いまの会社で正社員になり、借金を完済して、

スッキリした後で保険にも入るということ。

正社員になる夢は叶えられたけど、

ここからがもうひと踏ん張り、

正念場なんだよね。

生まれのマイナスは、育ちでプラスに持っていく、

私ができることはそうすることに向かって

一歩一歩積み重ねていくだけ。

それだけなんだよ・・・

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