私が幼いころの父のこと



昔を思い出すなんて、お爺さんかお婆さんだけと思ってた。

今日は、昔の父との思いでを書いてみます。

そうだな、3才とか4才とかそんな時のことを。

私が小さいころの父は、今のこんなつまらない、古惚けた、

どうしようもない人ではなかった。

たまにだけど、家の近くの公園に連れて行ってくれたり、

たまには遊園地に連れて行ってくれたりして、

その時は確か母もいたと思うけど、今思えば

理想的な家族だったんじゃないかな?私が思うに。

そりゃ、その頃だってたまにはケンカもしたけれど、

どの家にでもある、なんて事のないケンカだった。

洋服を早く着ないとか、食事中に変顔してなかなか進まないとか。

シールを机やキッチンに貼ってしまい、怒られたとか。

小さいころだと、ケンカというよりは、怒られたってことだけどね。


その頃に印象に残っていることなんだけど、

父はどうしても野菜嫌いが直せなかったんだ。

即席めんやマク〇ナルドのフライドポテトは好きでよく食べていたけど、

サラダとか葉物野菜とか、ほとんど食べなかったと思う。

あ、でも、漬物は食べてたような気がする。漬物ってちょっと

ジャンキーっていうか、普通の野菜ではないものね。

でもいま考えてみると、そこから始まっていたのかな?とも思う。

ほら、稼ぎが少ない家って野菜を摂らないっていうじゃない?

所得の少ない人って。でも摂らないんじゃないわ、「摂れない」のよね。

野菜はいつだって高い、そう、野菜は低所得者の家計は圧迫しかしない。

でも私はっていうと、たぶん食べることができていた。

だから野菜は、買うは買っていたんだけど、高いから多くは買えなくて、

雀の涙ばかりの野菜を買った上で、母と私たちはありつくことができた。

正確にはこういうことだったんだと思う。

ただ、幼いころって野菜は基本的には嫌いな子が多いけど、

私はなぜか野菜をよく食べてたようなの。要するに、お金のかかる子だったってことだけど、

これは多分、母が好きでよく食べてたから、私はその躾のおかげで

野菜をよく食べる子になったのよね。

父が買いに行っていたとしたら、野菜は値段見ただけで

次行こうって感じになっていたと思うの。

でも母のおかげで野菜が摂れて、身体もそれなりに丈夫になったんだぁ。

いまはこんなに大変な状況になるなんて、この頃はもちろんこれっぽっちも

考えることはなかった。この時が私は一番幸せだったんじゃないかなとさえ思う。



それを考えると、大人って不幸なのかなぁ。いつもお金のことばかり

考えているし、それが底なし沼のように私の根底にいつも流れている。

子供だったときの、公園に連れて行ってくれた父。

遊園地でアイスをいっしょに食べた父。

悪いけど、いま同居している父は、ホントに同じ人?

なんて思ってしまう。時は残酷なのかぁ?

この苦しいいまを、父には引っ張っていってほしいけど、

もうそれはムリなのよね。期待しちゃいけないんだ。

父だって、自分がなりたくって、こうなったわけじゃない。

それは、私だって心の奥底では分かっているはずなんだけど、

どうしても一人の胸の中にはおさまらない、

消化しきれないこともあるんだぁ。

 

昔の思い出にばかり生きてはいられないられないんだけど、たまにはこういう風に

感傷に浸ってしまう。現実逃避ってやつ。あの頃の父、

人は変わってしまうんだよね・・・

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